朝鮮王朝の三大悪女は誰?悪女たちを知ると時代劇がもっと面白くなる

この記事では、朝鮮王朝の歴史の中で「三大悪女」と呼ばれた女性たちや関連人物、そして彼女らが登場するドラマについてまとめています。

・三大悪女と呼ばれる人物とは?
・悪女たちに関連する人物は?
・悪女たちが登場するドラマを知りたい!
・本当のワルは誰?!

ゆき

こんな疑問に応えていきます!

どの韓国時代劇を見ても、必ず鍵となる女性がいますよね。

それは、時に女官で、時に王妃で、またある時には大妃(テビ:王の母)で・・・。
朝鮮王朝の歴史を語る上で、女性の存在は欠かせません。

そんな中でも、あらゆる手段を使って裏で王を操り歴史を作った”悪女”と呼ばれる女性たちについて一緒に見てみましょう。

悪女たちを知ることで韓国時代劇がより面白くなること間違いなしです!

【朝鮮王朝】三大悪女って誰?

ゆき

そもそも誰が三大悪女と呼ばれているかについて説明していくわね。
まずは、張緑水(チャン・ノクス)。彼女は第10代王・燕山君(ヨンサングン)の側室になって国家の財宝を空にするほど贅沢三昧の暮らしを送ったのよ。

ひろき

燕山君って確か、暴君として有名な王様だったよね。
暮らしぶりの想像が付くね・・・。

ゆき

2人目は鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)。彼女は文定(ムンジョン)王后の手先になって、さまざまな悪事を働いたとされているわ。

ひろき

偉い人の下に付くことで自分の身を保とうとしたんだね。

ゆき

3人目は、張禧嬪(チャン・ヒビン)。言わずと知れた存在よね。
韓国人に「朝鮮王朝で真っ先に思い浮かぶ女性は?」と尋ねて、最も多くあげられるほど有名な女性なの。一介の女官から側室になり、ついには王妃にまで上り詰めたのよ。

ひろき

女官から王妃に・・・。
並大抵ではない根性と策略があったんだろうね。

ゆき

鋭いわね。実はこの3人には、身分が低いところから女という武器を最大限に利用して大出世した、という共通点があるのよ。当時の朝鮮王朝は、儒教の教えにより男尊女卑の完全な男社会だったから、女性が出世すること自体が「悪」とされていたわ。悪女たちの見方を変えて言うのであれば、秩序の破壊者であり、生まれながらにして決まっていた運命を自らの手で塗り変えた革新者なのかもしれないわね。

三大悪女①張緑水(チャン・ノクス)

三大悪女②鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)

三大悪女③張禧嬪(チャン・ヒビン)

【朝鮮王朝】三大悪女が登場するドラマ一覧

韓国時代劇の多くが朝鮮王朝を舞台としていますが、個性的な悪女が出れば出るほど内容は面白くなります。

悪女なしではドラマが成り立たないと言っても過言ではないでしょう。

ここで得た知識をもとに、悪女たちに注目しながらお気に入りの作品、お気に入りの悪女を見つけてみてください!

三大悪女ドラマ名役名
張緑水(チャン・ノクス)王妃チャン・ノクスパク・チヨン
王と妃ユニ(イ・ヘリョン)
王と私オ・スミン
インス大妃チョン・ソミン
逆賊 -民の英雄ホン・ギルドン-イ・ハニ
7日の王妃ソン・ウンソ
鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)オクニョ-運命の女(ひと)-パク・チュミ
女人天下カン・スヨン
張禧嬪(チャン・ヒビン)トンイイ・ソヨン
張禧嬪(チャン・ヒビン)キム・ヘス
チャン・オクチョンキム・テヒ
張緑水/鄭蘭貞/張禧嬪が登場するドラマ一覧

【朝鮮王朝】裏の三大悪女と呼ばれる女性たち

ゆき

張緑水、鄭蘭貞、張禧嬪の3人は朝鮮王朝でも悪女の代名詞になっているんだけど、低い身分から必死に成り上がろうとして運命に翻弄された部分も強かったの。むしろ、本当の悪は権力を握る裏側にいたとされているわ。

ひろき

張緑水、鄭蘭貞、張禧嬪の3人が”陽”の悪女だとしたら、その裏側にいた悪女たちは、まさに”陰”の存在だね。どんなことをしたのか、想像しただけでも恐ろしいよ・・・。

ゆき

裏の三大悪女は文定(ムンジョン)王后、貞純(チョンスン)王后、純元(スヌォン)王后の3人よ。彼女たちは政治を私物化して多くの人を不幸にしたの。この3人が存在した時代には、おびただしい人たちの血が流れたとされているわ。

ひろき

まさに悲劇だね。

裏の三大悪女①文定(ムンジョン)王后

裏の三大悪女②貞純(チョンスン)王后

裏の三大悪女③純元(スヌォン)王后

悪女たちの朝鮮王朝-年表-

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年号出来事
1392年李成桂(イソンゲ)が朝鮮王朝を建国し、初代・太祖(テジョ)となる。
1394年朝鮮王朝の都が漢陽(ハニャン)に。※現在のソウル
1395年王宮の景福宮(キョンボックン)の建設開始。
1396年太祖の2番目の側室だった神徳王后が他界。王の継承者争いが勃発。
1398年太祖の五男の芳遠(バンウォン)が世子の芳碩(イ・バンソク)を殺害し事実上の権力者になる。
太祖の二男の芳果(バングァ)2代王・定宗(チョンジョン)として即位。
1400年太祖の四男・芳幹(バンガン)が挙兵して芳遠と対決。鎮圧され芳幹は流罪となる。
定宗が譲位して芳遠が3代王・太宗(テジョン)として即位。
1418年太宗が譲位して、三男が4代王・世宗(セジョン)として即位。
1443年後の「ハングル」となる訓民正音(フンミンジョンウム)が完成。
1453年世宗の二男の首陽大君(スヤンテグン)がクーデターを起こし政権を掌握。
1455年6代王・端宗(タンジョン)が退位させられ首陽大君が即位。
1479年9代王・成宗(ソンジョン)の正室だった尹(ユン)氏が廃妃になる。
1482年廃妃となっていた尹氏が死罪となる。
1494年10代王・燕山君(ヨンサングン)が即位。
1504年燕山君によって、母(尹氏)の死罪に関わった人たちが虐殺される。その際に、成宗の母の仁粋(インス)大妃も燕山君から暴行を受けて死去。
1506年クーデターによって燕山君が廃位となる。側室として燕山君と一緒になって政治を混乱させた張緑水(チャンノクス)が斬首となる。燕山君の異母弟が11代王・中宗(チュンジョン)として即位。
1517年中宗が三番目の正室となる文定(ムンジョン)王后を王宮に迎える。
1544年中宗が他界し、長男が12代王・仁宗(インジョン)となる。
1545年仁宗が在位8ヶ月で他界。文定王后が毒殺した疑いが強い。文定王后の息子が即位して、13代王・明宗(ミョンジョン)となる。
1565年文定王后が世を去る。
1592年豊臣軍が釜山に上陸して壬辰倭乱(イムジンウェラン)≒文禄の役が始まる。
1598年豊臣秀吉の死をもって戦乱が終わる。
1608年15代王・光海君(クァンヘグン)が即位。女官としてそばで仕えた金介屎(キムゲシ)の働きも大きかった。
1623年クーデターによって光海君が廃位となり、金介屎も斬首される。クーデターを首謀した仁祖(インジョ)が16代王となる。
1637年1月に朝鮮王朝が清に屈服。仁祖が屈辱的な謝罪を強いられ、長男の昭顕(ソヒョン)が清の人質になる。
1645年人質生活を終えて昭顕が帰国したが、わずか2ヶ月で死去。仁祖の側室だった趙(チョ)氏が暗殺に関与した疑いが強い。
1649年仁祖が死去して二男が17代王・孝宗(ヒョンジョン)として即位。
1674年19代王・粛宗(スクチョン)が即位。
1689年粛宗が正室の仁顕(イニョン)王后を廃妃にする。
1694年粛宗が仁顕王后の復位を決定。張禧嬪(チャンヒビン)が側室に降格となる。
1701年8月に仁顕王后が病死。9月になって淑嬪(スクピン)崔(チェ)氏の告発によって張禧嬪の呪詛(じゅそ)が判明。張禧嬪が死罪となる。
1720年粛宗が他界し、張禧嬪との間に生まれた息子が20代王・景宗(キョンジョン)として即位する。
1724年景宗が急死し、淑嬪・崔氏が産んだ粛宗の息子が21代王・英祖(ヨンジョ)として即位。
1762年英祖が息子の荘献(チャンホン)を米びつに閉じ込めて餓死させる。英祖の継妃だった貞粋(チョンスン)王后や娘の和緩(ファワン)は荘献を陥れる動きを見せた。
1776年英祖が亡くなり、孫が22代王・正祖(チョンジョ)≒イ・サンとして即位。
1794年正祖が父の陵墓がある水原で城郭を完成させる。華城(ファソン)を呼ばれ、今では世界文化遺産に登録されている。
1800年正祖が亡くなり、息子が23代王・純祖として即位。
1805年純祖の摂政をした貞純(チョンスン)王后が他界。以降は、純祖の正室・純元(スヌォン)王后の実家である安東(アンドン)・金氏の一族が政治を牛耳る。
1834年純祖が世を去る。孫が24代王・憲宗(ホンジョン)となり、祖母の純元王后が摂政を行う。
1849年憲宗が急死。農民だった青年が25代王・哲宗(チョルジョン)として即位。純元王后が裏で糸を引く。
1857年純元王后が他界。
1863年哲宗が亡くなり26代王・高宗(コジョン)が即位。
1873年高宗の正室の明成王后が政変を起こし、興宣大院君を失脚させる。
1876年日本と朝鮮王朝の間で江華条約が締結され、朝鮮王朝は開国に踏み切る。
1897年朝鮮王朝は国号を「大韓帝国」と改め、高宗が初代皇帝となる。
1910年日韓併合によって朝鮮王朝が滅びる。
参考文献:悪女たちの朝鮮王朝

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