ファンジニ(黄真伊)実在した伝説の妓生|波瀾万丈な生涯を追う

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・ドラマでファンジニを知ったけど史実ではどうだったの?
・伝説の妓生ってどういうこと?
・ファンジニが登場する作品を知りたい!

類稀なる美貌と才を武器に数々の男を虜にした伝説の妓生、ファンジニ。

朝鮮を代表する女流詩人としても後世に名を残している彼女の生涯とは一体どのようなものだったのでしょうか。

そこで今回は、「ファンジニ(黄真伊)実在した伝説の妓生|波瀾万丈な生涯を追う」と題しご紹介していきます。

目次

ファンジニ(黄真伊)のプロフィール

名前黄真伊(ファン・ジニ)
生没年生没年不詳
職業妓生

略年表

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1506年頃松都(現在の開城)にて下級官吏の庶女として生まれたとされる。母は目が見えなかったとの説も。
1631年李徳泂(イドクム)の説話集『松都記異』で「色貌才芸は当代の絶妙、その歌も絶唱で、人呼んで仙女という」と賞賛される。
1873年徐有英(ソユヨン)の説話集『錦渓筆談』で王族出身の碧渓守(ピョッケス)とのやり取りが詳述されている。
引用:韓国時代劇で学ぶ人物事典

分かりやすく解説

なつき

黄真伊は、絶世の美貌と類いまれな才能を持ち合わせた伝説の妓生と言われているわ!その生涯は謎に包まれているんだけど、交友関係から中宗代の人物と考えられているの。

はると

絶世の美貌…。気になる!

なつき

彼女の生まれは開城。本名は真(チン)で、妓名は名月(ミョンウォル)よ。最も古い記録では盲人の娘として紹介されているんだけど、19世紀の文書では陳玄琴(チン・ヒョングム)と言う賤民の女性と黄進士(ファン・ジンサ)と呼ばれる両班の間に生まれたとされているの。

はると

へ〜。

なつき

幼い頃に儒教の教典を読破し、詩、書芸、歌舞に優れた才能を発揮したそうよ。15歳の時に、近所の青年が黄真伊に一目惚れするんだけど、黄真伊の母親に拒まれて、恋煩いで死んでしまうの。これを機に黄真伊は平凡な女性としての人生を諦め、芸妓の道に身を投じるようになったんだって。

はると

恋煩いで死んでしまうなんて…。よっぽど黄真伊のことが好きだったんだね。

なつき

彼女の評判はたちまち都にまで知れ渡り、数々の文人や学者と交流を重ねるようになったそうよ。生き仏と呼ばれた知足禅師(チジョクソンサ)に10年間の面壁参禅修行を断念させたり、王族出身の風流人・碧渓守(ピョッケス)の鼻っ柱を折ったり、孤高の大学者・徐敬徳(ソギョンドク)を誘惑しようとして失敗し、逆に彼の学問と人柄に心服して弟子入りしたりと、数々の逸話を残しているの。

はると

仏と言われた人までもが黄真伊の虜になるなんて!そもそも、修行中に遊びに行っちゃったんだ(笑)

なつき

本当よね(笑)。でもそれほどの評判だったんでしょうね。そんな彼女は、40歳前後でこの世を去ったと言われているわ。

なつき

ここで少し、黄真伊が碧渓守の鼻っ柱を折ったとされる経緯とその詩を紹介するわね!

王族出身で高潔さを自慢とする碧渓守は「黄真伊に誘惑されてもなびかずに追い返す!」と豪語していたの。ところが月明かりの下で彼女の詩を聞いた碧渓守は、聞き惚れて馬から落ちてしまったそうよ。

はると

馬から落ちるなんて、よっぽどの衝撃だったのかな?どんな詩だったの?!

なつき

青き山の碧渓水よ/その流れを自慢するなかれ/ひとたび海に至れば帰ることかなわず/明月が山に満つれば/しばし憩われよ

明月(ミョンウォル=名月)は黄真伊、碧渓水(=清き水)は碧渓守を指していて、傲慢な碧渓守を皮肉しながらも誘惑した詩になっているの。「黄真伊を追い返す」と言っていた碧渓守は自らの発言を恥じたそうよ。

ファンジニ(黄真伊)の登場する主な作品

ドラマ名役者名
ファン・ジニ(06)ハ・ジウォン
映画名役者名
ファン・ジニ 映画版(07)ソン・ヘギョ
なつき

ドラマ『ファン・ジニ』は、黄真伊の伝説を随所に散りばめた内容になっていて、史実にもあった黄真伊に一目惚れした少年をチャン・グンソクが演じているわ!ドラマの中では青年ウノとして登場するの。

はると

あのグンちゃんが?!ってことは恋叶わずに死んじゃうんだね。

なつき

そうなの。ウノが亡くなった後に棺にチマをかけるシーンがあるんだけど、これも実話だそうよ。

はると

へ〜そうなんだ。

なつき

才能豊かな黄真伊を演じるために、主演のハ・ジウォンは古典舞踊や楽器をマスターして撮影に臨んだんだって。

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