恵慶宮(ヘギョングン)|実家の濡れ衣を晴らした正祖の母

この記事では、思悼世子(サドセジャ)の妻で第22代王・正祖の母の恵慶宮(ヘギョングン)についてまとめています。

・恵慶宮ってどんな人?
・実家の濡れ衣を晴らしたってどういうこと?
・恵慶宮が登場する作品は?

ゆき

こんな疑問に答えていくよ!

10歳で思悼世子と結婚し、世子嬪となった恵慶宮。

英祖によって思悼世子が死に追いやられた後、一体彼女はどのような人生を送ったのでしょうか。

そこで今回は、「恵慶宮(ヘギョングン)|実家の濡れ衣を晴らした正祖の母」と題しご紹介していきます。

この記事で分かること
・恵慶宮のプロフィール
・恵慶宮の生涯ストーリー
・恵慶宮の登場する作品一覧

恵慶宮(ヘギョングン)のプロフィール

ドラマ「イ・サン」でキョン・ミリが演じる恵慶宮
姓名恵慶宮 洪氏(ヘギョングン ホンシ)
生没年1735年8月6日〜1816年1月13日
洪鳳漢(ホンボンハン)
思悼世子(サドセジャ)
息子第22代王・正祖
ゆき

恵慶宮は、1774年に同じ年の思悼世子と10歳で結婚して、世子嬪になったわ。1750年に長男・琔(ジョン)を生むんだけど、わずか2歳で亡くなってしまったの。その半年後に次男・祘(サン:後の正祖)を出産したそうよ。

ひろき

つまり彼女は、息子一人と夫を早くに亡くすことになったんだね。

ゆき

ええ。父の洪鳳漢は老論派の中心人物で夫は少論派寄りだったから、派閥争いの渦中に立ちながらも老論派の陰謀から息子の正祖を守り、即位後も正祖の政治を見守ったそうよ。

ひろき

おじいちゃんと孫といえども派閥の違いで仲睦まじく、とはいかなかったんだね。

ゆき

正祖は即位後、父の死の真相を知り、父・思悼世子を死に追いやった老論派を排除したんだって。それによって、恵慶宮の実家は没落してしまうんだけど、母である恵慶宮は大切に扱ったそうよ。

ゆき

正祖が亡くなると、恵慶宮は約10年をかけて自叙伝的回顧録「閑中録(ハンジュンロク)」を執筆したわ。そこには、夫の思悼世子が奇病のせいで死ぬほかなかったと書いてあるの。

ひろき

つまりはどういうこと?

ゆき

老論派である実家がやったことの正当性を主張して冤罪を訴えたの。

ひろき

思悼世子が米びつに閉じ込められて亡くなったのは精神を病んでいたからであって、決して老論派の告げ口によってではなかった、誰も悪くなかった、ってことだね?

ゆき

ええ。「閑中録」には当時の人々の様子が詳細に記されていて、今では、当時の宮中を知る重要な資料となっているそうよ。

恵慶宮(ヘギョングン)が登場する作品一覧

ドラマ名役者名
天よ、天よハ・ヒラ
朝鮮王朝五百年 閑中録チェ・ミョンギル
王道チョン・ヨンスク
大王の道ホン・リナ
ホン・グギョンイ・サンスク
イ・サンキョン・ミリ
正祖暗殺ミステリー8日チョン・エリ
秘密の扉パク・ウンビン
赤い月パク・ハナ
映画
王の涙ーイ・サンの決断ーキム・ソンリョン
王の運命 ー歴史を変えた八日間ームン・グニョン

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