【朝鮮王朝17代】孝宗(イホ)|人質生活の屈辱から清への復讐に燃える王

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・そもそも、どうして孝宗は人質生活を送ることになったの?
・長男でもない孝宗が王になった経緯は?

なつき

こんな疑問に答えていくよ!

父である第16代王・仁宗が清に屈辱的な敗北を果たしたことにより、人質として兄弟らと共に清に送られた孝宗。

そんな彼が朝鮮王朝・第17代王となった経緯とは…。

そこで今回は「【朝鮮王朝17代】孝宗(イホ)|人質生活の屈辱から清への復讐に燃える王」と題しご紹介していきます。

目次

孝宗(ヒョジョン)/李淏(イ・ホ)のプロフィール

ヒョジョン
姓名李淏(イ・ホ)
生没年1619年7月3日〜1659年6月23日
親族父:第16代王・仁祖
母:仁烈王后
妻: 仁宣王后(張氏)、 安嬪李氏、他
息子:第18代王・顕宗(ヒョンジョン)、他

孝宗をわかりやすく解説

なつき

孝宗は兄である昭顕(ソヒョン)世子ら兄弟とともに清に拘留されたんだけど、西洋の文化に触れながら拘留生活を満喫した昭顕と違い、孝宗は自分を人質にしている清を恨み続けながら生活を送っていたの。

なつき

先に朝鮮に帰ったのは昭顕世子だったんだけど、清に屈辱的な敗北を認めさせられた父・第16代王の仁祖は清での生活を生き生きと話す彼に冷たくあたったそうよ。そして昭顕世子は帰国して、わずか2ヶ月で原因不明の病で亡くなってしまうの…。なんでも清が反骨心を見せる仁祖を廃位にして、昭顕世子を即位させようとしているという噂が立って毒殺されたとも言われているのよ。

はると

帰国してすぐに亡くなるなんて確かに怪しいね。

なつき

そうなの。そして世子である兄が亡くなったら、普通は兄の息子が王位継承者になるんだけど、仁宗は孫にあたるその子どもたちを済州島に流して、強引に世子の座を孝宗に変えてしまったの。

はると

自分の味方についてくれる息子をそばに置いた、っていうことだね。

なつき

そうね。実際に孝宗は父である第16代王・仁祖の王政を踏襲したとされているわ。清への復讐心から軍事力を強化したりもするんだけど、結局太刀打ちできずに国民たちは疲弊してしまったそうよ。

孝宗(ヒョジョン)/李淏(イ・ホ)の主な登場作品

作品名(ドラマ)役者名
『推奴〜チュノ〜』(10)イ・イン
『馬医』(12〜13)チェ・ドクムン
『花たちの戦い〜宮廷残酷史〜』(13)キム・ジュヨン
『華政』(15)イ・ミンホ
作品名(映画)
『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』(16)ヨン・ウジン
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