李成桂(イ・ソンゲ)は朝鮮王朝初代王|家系図・息子・建国

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李成桂(イ・ソンゲ)は高麗末の武将から朝鮮王朝を建国し、初代王・太祖となった実在人物です。倭寇や紅巾賊との戦いで名を上げ、1388年の威化島回軍で政権を掌握し、1392年に即位しました。

目次

李成桂の家系図|妻と息子を整理

続柄人物と要点
桓祖・李子春(イ・ジャチュン)です。
最初の妻神懿王后・韓氏。定宗と太宗を含む6人の王子の母です。
2人目の妻神徳王后・康氏。芳蕃と世子・芳碩の母です。
次男李芳果。朝鮮王朝2代王・定宗です。
五男李芳遠。朝鮮王朝3代王・太宗です。
八男李芳碩。世子となりましたが、第一次王子の乱で命を落としました。

李成桂の王位継承は、息子の太宗・李芳遠と建国の功臣鄭道伝の対立を軸に見ると理解しやすくなります。高麗王朝との決別には鄭夢周も深く関わりました。

太祖(テジョ)/李成桂(イ・ソンゲ)のプロフィール

イ・ソンゲ
姓名李成桂(イ・ソンゲ)
生没年1335年10月27日〜1408年6月18日
親族父:李氏春
母:永興崔氏
妻:承仁順聖神懿王后(朝鮮建国の1年前に死去)、順元顕敬神徳王后(朝鮮王朝初代王妃)
息子:定宗、太宗、他

略年表

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1335年李子春(イ・ジャチュン)の次男として誕生する。
1360年高麗の官吏となる。
1388年クーデターで権力を掌握する。
1392年朝鮮を建国、初代王として即位する。
1394年漢陽に遷都する。
1398年第一次王子の乱により、次男・芳果(バングァ 後の2代王・定宗)に譲位する。
1400年第二次王子の乱を鎮圧した五男・芳遠(バンウォン)が3代王・太宗として即位する。
1408年74歳で亡くなる。
引用:韓国時代劇で学ぶ人物事典

李成桂は何をした?朝鮮建国までの流れ

高麗末の武将として台頭

李成桂は1335年、東北面の武将の家に生まれました。紅巾賊や倭寇との戦いで勝利を重ね、特に1380年の荒山大捷で名声を高めました。高麗末の混乱の中で軍事力と支持を集め、中央政界で大きな影響力を持つようになります。

1388年の威化島回軍

1388年、遼東征伐軍を率いた李成桂は、威化島から軍を引き返しました。開京へ戻って崔瑩を排除し、禑王を退位させたことで高麗の実権を掌握します。この威化島回軍が朝鮮建国へ向かう決定的な転換点でした。

1392年の即位と漢陽遷都

李成桂は鄭道伝ら改革派の支援を受け、1392年に王位へ就いて朝鮮王朝を開きました。国号を朝鮮とし、都を開京から漢陽へ移して、官制や法制度を整えました。王としての在位は1392年から1398年です。

息子たちの王位争いと退位

李成桂が神徳王后の子・芳碩を世子にしたことで、神懿王后の子たちとの対立が深まりました。1398年の第一次王子の乱で芳遠が鄭道伝と芳碩らを排除すると、李成桂は退位。次男の芳果が定宗、のちに芳遠が太宗となりました。李成桂は1408年に亡くなりました。

建国過程をドラマで追うなら『六龍が飛ぶ』、朝鮮歴代王の位置づけは朝鮮王朝27代王一覧も参考になります。

参考:「太祖」韓国民族文化大百科事典(韓国学中央研究院)

太祖(テジョ)/李成桂(イ・ソンゲ)のドラマ作品

作品名(ドラマ)役者名
『大風水』チ・ジニ
『鄭道伝』ユ・ドングン
『六龍が飛ぶ』チョン・ホジン
『イニョプの道』イ・ドギョン
『純粋の時代』ソン・ビョンホ
『チャン・ヨンシル』キム・ギヒョン
『パイレーツ』イ・デヨン
なつき

朝鮮王朝建国の立役者である李成桂を描いたドラマや映画は多いわ。『六龍が飛ぶ』では勇猛な武将でありながら、建国までの道のりを決して焦らず機が熟すのを待つ、思慮深い李成桂が描かれているわ。

はると

『六龍が飛ぶ』は人気だよね。他におすすめはある?

なつき

そうね〜。『大風水』なんてどうかしら。この作品は、建国前夜を風水と絡めてファンタジックに描写しているんだけど、思わず突っ込みたくなるほど決断を下さない李成桂がどこか人間臭くて個人的に好きなのよね。

李成桂が登場・関連する韓国時代劇

李成桂は朝鮮王朝建国の中心人物で、『六龍が飛ぶ』を理解するうえで重要です。李芳遠、鄭道伝、鄭夢周との関係を押さえると、高麗末期から朝鮮建国への流れが整理しやすくなります。

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