景宗(キョンジョン)は朝鮮王朝20代王|母・死因・登場ドラマ

  • URLをコピーしました!

更新日:

景宗(キョンジョン/イ・ユン)は、1720年に即位した朝鮮王朝20代王です。19代王・粛宗と張禧嬪の息子で、子がいなかったため、1724年の死後は異母弟の英祖が21代王になりました。

目次

景宗はどんな王?母・死因・次の王を整理

知りたいこと答え
何代目の王?朝鮮王朝20代王です。
本名は?李昀(イ・ユン)です。
父と母は?父は19代王・粛宗、母は側室から王妃になった張禧嬪です。
次の王は?異母弟の21代王・英祖(イ・グム)です。
死因は?病弱だったと伝わりますが詳しい死因は確定しておらず、政争を背景に毒殺説も生まれました。
登場ドラマ『トンイ』『テバク』『ヘチ 王座への道』などです。

家族関係は父・粛宗、母・張禧嬪、異母弟・英祖の順に読むと整理できます。作品との関係はドラマ『トンイ』とドラマ『ヘチ 王座への道』も参考になります。

景宗(キョンジョン)/李昀(イ・ユン)のプロフィール

イ・ユン
姓名李昀(イ・ユン)
生没年1688年11月20日〜1724年10月11日
在位期間1720〜1724年
親族父:第19代王・粛宗
母: 禧嬪張氏
養母:仁顕王后
妻:端懿王后(沈氏)、 宣懿王后(魚氏)
弟:第21代王・英祖(ヨンジョ)、他

史実では

19代王・粛宗と側室・禧嬪張氏(張禧嬪)の長男。1690年に世子になるが、異母弟の延礽君(後の21代王・英祖)が誕生すると状況は一変。


景宗の即位後、反対勢力の老論派は、景宗に子がいないことで延礽君を後継者にするよう要求。代理聴政まで求めてきたために彼らを排除、政権は少論派へ移る。


その直後に景宗が急死したため、朝廷では老論派による毒殺説が流れた。

引用:韓国時代劇で学ぶ人物大辞典

わかりやすく解説

なつき

長い間世継ぎに恵まれなかった粛宗はイ・ユンの誕生を大変喜んだそうよ。でも、母である禧嬪張(チャン・ヒビン)氏が粛宗の2番目の正室である仁顕王后を呪死にさせたことで、激怒した粛宗は禧嬪張を毒殺するよう命じたの。イ・ユンに対しても粛宗は冷たく当たったそうよ。

はると

禧嬪張ってあの悪女で有名な人だよね?

なつき

そうよ。イ・ユンは母の死と、父に冷たく当たられるようになったことで次第に体調を崩していったの。元々病弱だったと言われているんだけど、世継ぎもなく在位わずか4年で急死してしまったそうよ。

はると

なんだか可哀想な王様だね…。

なつき

『テバク〜運命の瞬間(とき)〜』でも不遇な若き王として登場するんだけど、その複雑な心情が丹念に描かれているわ。

景宗(キョンジョン)/李昀(イ・ユン)の登場する主な作品一覧

作品名(ドラマ)役者名
トンイ(2010)ユン・チャン
テバク〜運命の瞬間〜(2016)ヒョヌ
ヘチ 王座への道(2019)ハン・スンヒョン

景宗が登場・関連する韓国時代劇

景宗は張禧嬪の息子で、異母弟の英祖へ王位が移る流れを理解するうえで重要な人物です。『トンイ』で母世代の関係を見たあと、『ヘチ 王座への道』へ進むと、王位継承をめぐる緊張感がつかみやすくなります。

目次