【朝鮮王朝10代】燕山君(イユン)|朝鮮王朝史上最も悪名高い暴君

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・朝鮮一の暴君だったって具体的には何をしたの?
・どんな環境の中で育ってきたんだろう…
・燕山君についてもっと詳しく知りたい!

なつき

こんな声に答えていくよ!

暴君として知られ、ドラマや映画でもその狂気に満ちた姿が描かれてきた10代王・燕山君。

宮廷を血の海へと変え、人々を恐怖と混乱に陥れた背景にあった亡き母への思いとは…。

そこで今回は、「【朝鮮王朝10代】燕山君(イユン)|朝鮮王朝史上最も悪名高い暴君」と題し詳しくご紹介していきます。

目次

燕山君(ヨンサングン)/李㦕(イ・ユン)のプロフィール

イ・ユン
姓名李㦕(イ・ユン)
生没年1476年10月24日〜1506年11月20日
在位期間1494年〜1506年
親族父:第9代王・成宗
母:廃妃尹氏(斉献王后)
異母弟:第11代王・中宗(チュンジョン)、他
祖母:仁粋大妃
妻:廃妃慎氏(居昌郡夫人) 、他
側室張緑水(チャン・ノクス)、他
なつき

ちなみに側室のチャン・ノクスは”朝鮮三大悪女”の一人と言われている女性よ。気になる人は彼女の記事を見てみてね。

略年表

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1476年成宗と廃妃尹氏の長男として誕生する。
1479年廃妃尹氏が廃妃となる。
1482年廃妃尹氏が毒で処刑される。
1483年世子に冊封される。
1494年朝鮮王朝10代王として即位する。
1498年士林派を弾圧する戊午士禍(ムオサファ)を起こす。
1504年士林派、勲旧派を弾圧する甲子士禍(カプチャサファ)を起こす。
1506年中宗反正が起こり廃位され、江華島へ流される。31歳で亡くなる。
引用:韓国時代劇で学ぶ人物事典

史実では

成宗と斉献王后(廃妃尹氏)の長男として誕生する。実母が廃妃・処刑された事実を知らないまま育つ。

世子時代は特に優秀でも問題児でもなかったが、感情をあまり表さず陰険で、学問にも興味がなかった。成宗はそんな燕山君をあまり好まず、祖母の仁粋大妃はあからさまにつらく当たった

1494年19歳で即位。最初の4年間は政務に専念し、民政問題にも力を注いだが、ことあるごとに諫言を繰り返す士林派との対立が重なり、ついに1498年、士林派を追放する戊午士禍を起こす。

以降、急速に独裁を強めるようになり、1504年には任士洪(イムサホン)の密告で実母の死の真相を知り、事件に関わった臣下を皆殺しにする(甲子士禍)

苦言を呈する臣下は処刑し(丙寅士禍 ピョンインサファ)、民の抗議を阻むためハングル使用も禁止。

世祖が建てた円覚寺を妓生養成所にし、成均館を遊興の場にするなど横暴の限りを尽くしたが、1506年、朴元宗(パクウォンジョン)らが起こしたクーデター(中宗反正)により廃位され、配流地の江華島で31歳の生涯を閉じる。

引用:韓国時代劇で学ぶ人物大辞典

中宗反正とは
燕山君を王座から引きずり下ろし、中宗を王へと担ぎ上げるために起こった宮廷内クーデターのこと。ここで言う反正は「間違いを正す」という意味。

分かりやすく解説

はると

なんで燕山君は朝鮮史上一悪名高い暴君って言われてるの?他にも暴君はいたはずなのに…。

なつき

自分に都合の悪い人たちを日常的に次から次へと殺害して行ったからよ。それも度の過ぎたね。“粛清”って聞いたことある?敵対する組織を皆殺しにして一掃することなんだけど、それを2度も行ったの。

なつき

1498年の「戊午士禍(ムオサファ)」と1504年の「甲子士禍(カプチャサファ)」。時代劇のドラマを見るとよく描かれていると思うわ。特に2度目の粛清は母・廃尹妃氏の死に関わった者を党派、身分にかかわらず皆殺しにしたのよ。

はると

そもそも、どうしてお母さんは処刑されたの?

なつき

母・廃尹妃氏は気性が激しく嫉妬深い性格だったの。燕山君の父である第9代王・成宗も初めは大目に見ていたんだけど徐々に心が離れていって、王妃から嬪の位に降格されたそうよ。そのことで怒り狂った母が、成宗の顔に傷をつけたの成宗と成宗の母・仁粋大妃の逆鱗に触れて燕山君が6歳の時に王命によって毒薬を飲むように命ぜられ28歳でこの世を去ったのよ。

はると

嫉妬って怖いね…。手が出るのは良くないけど、それで処刑か…。恐ろしい時代だね。気性が激しいのはお母さん譲りなのかな?

なつき

そうかもしれないわね。でも燕山君は幼い頃に実の母をなくして、成宗の3番目の王妃に育てられたんだけど彼自身も王妃に懐かないし、王妃も廃妃が産んだ燕山君に愛情を注げなかったの。祖母である仁粋大妃も燕山君に対してかなりキツく当たっていたみたいだし。愛情を知らずに育ったことも影響してそうね…。

はると

悪名高い王だったと同時に、一番孤独な王だったのかもしれないね。

燕山君(イユン)の悪名が後世まで残るきっかけとなった出来事

王朝を恐怖に陥れた血の惨劇

「士禍(サファ)」と呼ばれる粛清は朝鮮王朝時代に4度行われているが、そのうち2回が燕山君の時代に起きた。2回目の士禍では、実母の死に関わったとされる者が7ヶ月にわたって100人以上処刑された。中でも凄惨だったのは、実母を陥れた成宗の側室2人を拷問したのち頭に袋を被せ、それぞれの息子に撲殺させたものでドラマでも時々描かれている。

朝鮮全土から1万人の美女を招集

異常とも言える色欲を持っていた燕山君は朝鮮全土から1万人の美女を集めた。その集め方も強引で採紅使(チェホンサ)と言う役人を派遣して既婚、未婚、子どもの有無に関わらず招集させた。そして、世祖が建てた神聖な仏教寺院の円覚寺を廃して妓生養成所となる「掌楽院(チャンアグォン)」を開設し、科挙のための学び場である成均館を遊興の場にするなど横暴の限りを尽くした。

なつき

想像しただけでゾッとするし通常の精神状態ではなかったことが分かるわね。映画『背徳の王宮』ではその様子が生々しく鮮明に描写されているわ。不快になるシーンも多いけど燕山君についてもっと知りたい人は見てみるといいかも…。

なつき

そもそも妓生って何?って思う人は次の記事を合わせて読んでみてね!

燕山君(ヨンサングン)/李㦕(イ・ユン)の登場する主な作品一覧

作品名(ドラマ)役者名
王妃チャン・ノクス〜宮廷の陰謀〜(95)ユ・ドングン
王と妃(98)アン・ジェモ
王と私(07)チョン・テウ
王の男(05)チョン・ジニョン
逆賊~民の英雄 ホンギルドン~(17)キム・ジソク
七日の王妃(17)イ・ドンゴン
作品名(映画)役者名
背徳の王宮(15)キム・ガンウ
なつき

『逆賊~民の英雄 ホンギルドン~』の主人公となっている、ホン・ギルドンは実在した3大義賊の一人よ!韓国では、日本の“桃太郎”のように親しまれている人物なの。彼についてまとめた記事があるから、気になる人はチェックしてみてね!

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