魯国公主(ノグクコンジュ)|夫・恭愍王を最後まで愛し支え続けた王妃

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・魯国公主ってどんな人物だったの?
・燕山君とのつながりは?
・魯国公主が登場する作品について知りたい!

なつき

こんな声に応えていくよ!

元の皇族の娘として生まれ、高麗27代王・恭愍王と結婚した魯国公主。

反元政策を打ち出す夫に協力し、内助の功を発揮した彼女の最後とは一体どのようなものだったのでしょうか。

そこで今回は「魯国公主(ノグクコンジュ)|夫・恭愍王を最後まで愛し支え続けた王妃」と題し、ご紹介していきます。

目次

魯国公主(ノグクコンジュ)のプロフィール

魯国公主(ノグクコンジュ)、魯国大長公主(ノグクデジャンコンジュ)
生没年生年不詳〜1365年
元の皇族、魏王ボロト・テムル
高麗31代王・恭愍王

略年表

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生年不詳元の皇族の魏王ボロト・テムルの娘として生まれる。
1349年高麗27代・忠粛王の次男・王顓(ワンジョン)と元で結婚する。
1351年王顓が高麗31代・恭愍王として即位する。
1365年妊娠するが難産の末、母子ともに亡くなる。
引用:韓国時代劇で学ぶ人物事典

分かりやすく解説

なつき

第31代王・恭愍王の妃で、お父さんは元の順宗の孫・魏王ボロト・テムルよ。1349年に元で後の恭愍王と婚姻して、1351年、高麗に戻って即位した恭愍王は反元政策を推し進めたわ。

はると

魯国公主にとっては自分の生まれた国を批判するようなものだよね。複雑な心境だっただろうな…。

なつき

それでも魯国大長公主は夫の政策に倣って元の着物を捨て、高麗の王妃のようにふるまうなど、内助を発揮したの。恭愍王も公主を寵愛し、二人は評判のおしどり夫婦だったそうよ。

はると

そうだったんだ。

なつき

でも子宝には恵まれず、ようやく妊娠したものの、難産の末にこの世を去ってしまったの。子どもも死産だったわ。恭愍王は公主の死を大いに嘆き、政治を辛旽(シンドン)に任せきりにして、自分は公主の肖像画を描いて壁にかけ、それを昼夜眺めては、公主の死を悼んだんだって。

なつき

朝鮮王朝の暴君として知られる燕山君は母・廃妃尹氏が魯国大長公主と似ていると聞いて公主の肖像画を収集したそうよ。燕山君について気になる人は、彼の記事もあわせてチェックしてみてね!

魯国公主(ノグクコンジュ)の登場する主な作品

ドラマ名役者名
辛旽 シンドン ~高麗中興の功臣~(03)ソ・ジヘ
大風水(12)ペ・ミニ
シンイ-信義-(12)パク・セヨン
なつき

『シンイ-信義-』ではパク・セヨンが高麗王宮で恭愍王を慕い、支え続ける王妃役を演じているわ。

はると

あの儚げで健気な佇まいがなんとも言えないんだよね。

なつき

このドラマで魯国公主に興味を持った人も多いはずよ。『辛旽 シンドン ~高麗中興の功臣~』では、奇皇后の策略によって愛する人との仲を引き裂かれて恭愍王と結婚することになってしまった魯国公主をソ・ジヘが演じているわ。

はると

恭愍王の前に愛した人がいた設定なんだね!現実ではどうだったのかな〜。僕的には恭愍王が最初で最後の人であって欲しいな…。

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