朝鮮王朝の身分制度の正体とは?王を頂点にした厳格なヒエラルキー

この記事では、朝鮮王朝時代を支配していた身分制度についてご紹介しています。

・両班や賎民、奴婢ってよく聞くけどもっと詳しく知りたい!
・なんで朝鮮にはこんな身分制度が根付いていたの?

ゆき

こんな疑問に応えていくよ!

朝鮮王朝時代には、厳格に上下関係が定められてた「身分制度」というヒエラルキーがあります。

この身分制度は、より深く韓国時代劇ドラマを楽しむ上で欠かせない知識なので、ぜひ一緒に学んでいきましょう。

ゆき

それではスタート!

朝鮮王朝の基盤を支えた超厳格な身分制度

ゆき

そもそも朝鮮王朝の厳格な身分制度は、儒教からきているの。儒教っていうのは、「徳」を備えた支配者と、それを受託する被支配者がいるという不平等・序列原則を打ち立てた教えだったの。

ひろき

支配者と被支配者の線引きはなんだったの?

ゆき

王様とともに国民を教化して支配する階級が両班(ヤンバン)という貴族官僚よ。つまり王族・両班がここで言う支配者に当たるわね。

ゆき

ちなみに、両班のルーツは朝鮮建国の功臣や高名な学者を輩出した家系、高麗時代からの儒臣、地主たちで尚且つ、科挙の及第者を出して朝廷の官僚となることで、その身分が確定したんだって。でも、一度両班になっても、三代続けて科挙及第者の出ない家系は両班として認められなかったそうよ。

ひろき

両班は世襲制じゃなかったんだね。他にはどんな身分に分けられていたの?

朝鮮王朝の身分構成

朝鮮王朝時代の身分制度
ゆき

朝鮮王朝の身分構成は王を頂点として両班、中人、良民(常民)、賤民(奴婢、白丁)からなるの。日本の士農工商と似ているんだけど、朝鮮の「士」は武士じゃなくて、儒学を体得した士大夫(サデブ)と呼ばれる官僚貴族(=両班)を指しているんだって。

ひろき

ふ〜ん、そうなんだ。

ゆき

両班の中にも官職によって一品から九品の位階序列があるのよ。ドラマを見ていても官服の色や装身具が違ったりするでしょ?

ひろき

確かに!あれは仕えている部署の違いだけかと思っていたけど階級も表していたんだね。両班は中人や常民たちとどう違うの?

ゆき

両班には色々な特権があって、税や兵役、賦役(労働奉仕)が免除されたり、悪いことをしても刑が軽減されたりしたの。社会的に下の階級の人への尊大な態度や、私刑も許容されていたそうよ。

ひろき

身分が低い人たちは、理不尽な言動にも目をつむるしかなかったんだね。

朝鮮王朝の科挙と雑科

ゆき

両班は力を必要とする仕事を避けていたから、朝廷内には現実問題に対処する実務官僚と呼ばれる中人階級の人たちが存在したの。朝廷の官僚になるために両班が受ける「科挙」に対して、中人の科挙は「雑科」と呼ばれていたんだって。

ひろき

力を使う仕事を避けるって…。一体、両班たち官僚はお飾りなのか。雑科?字からして身分の違いをアピールされてるみたいだね…。雑科に受かると何になれるの?

ゆき

雑科と一言に言っても、医官になれる医科、通訳官のための通科、法務官を採る律科、天文官を目指す陰陽科があったそうよ。

ひろき

どれも王の暮らしや外交に重要なポストだね。

ゆき

そうなの。これだけ重要な職種の登用試験なのに、「雑科」とひとくくりにする点に、朝鮮時代の実務軽視が現れているわよね。

ひろき

大切なことを自分たちよりも少し身分が低い人たちに任せて、何かあった時には強く責めたりしたんだろうね。

両班と奴婢を養った良民

ゆき

朝鮮王朝で良民(常民)と呼ばれるのが一般庶民のことで、農本国家であった朝鮮ではそのほとんどが農民だったわ。両班には、税などの免除特権があって、奴婢は家畜並みの扱いだったから、それらの義務もなかったそうよ。つまり、良民が国税や兵役、賦役(労働奉仕)を支えて国庫の源泉になっていたの。

ひろき

身分制度でいうと中流階級の良民が国を支えていたんだね。支えるべき対象はどれくらいいたの?

ゆき

自ら身体を動かさない両班にとって、身の回りの世話や雑用をしてくれる奴婢の存在は欠かせなかったから、奴婢人口は非常に多かったそうよ。

ゆき

17世紀末の戸籍台帳を元にした資料では、当時の人口比率は両班7.6%、良民51.0%、奴婢41.2%だったんだって!

ひろき

良民は、自分たちとほぼ同数の両班と奴婢を養っていた、っていうことだね。

売買や担保の対象となった所有物としての奴婢

ゆき

賤民には奴婢や百丁の他に才人、巫堂、僧尼、妓生などがあったんだけど、奴婢以外の賤民たちは居住地域も制限されていたし、職業も世襲で、良民から差別を受けてきたわ。

ひろき

奴婢はどんな扱いだったの?

ゆき

奴婢は両班の家に寄生する存在で、居住制限はないんだけど官庁や両班の所有物で、牛や豚なんかの家畜と同様に売買や相続、担保の対象となっていたわ。つまり、モノとして扱われていたの。

ひろき

家畜と同じ扱いなんて…。奴婢から抜け出す方法はなかったの?

ゆき

ええ。奴婢の子供は奴婢だったからね…。奴婢から解放されるなんて通常ではあり得ないわね。この奴婢制度は1894年の「甲午(カボ)改革」で身分制度が廃止されるまで続いたそうよ。

奴婢出身の科学者チャン・ヨンシル
妓生と中国人商人との間に生まれたチャン・ヨンシル。母が妓生であったため彼もまた奴婢であったが、宮中で官奴(工匠)として働いていたときに、科学技術の発展を目指していた第4代王・世宗の目に止まり、技術学徒として中国留学の機会を得た。そこで、彼は天文機器に対する見識を深め、帰国後に水時計や太陽の動きで時間を知らせる日時計、自動的に音で時間を知らせる時計など数多くの偉業を成し遂げた。ヨンシルはその技術力が認められ、奴婢身分から解放され正五品にまで昇格した。奴婢から官僚に上がった非常に珍しい例であった。

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