【朝鮮王朝】純元(スヌォン)王后|勢道政治で政治を私物化した王妃

この記事では、自分の実家を政権の中枢に引っ張り上げることで、政治を私物化した純元(スヌォン)王后についてまとめています。

・純元王后ってどんな人?
・政治を私物化したってどういうこと?
・純元王后が登場するドラマは?

ゆき

こんな疑問に答えていくよ!

13歳の時に第23代王・純祖の元に嫁いで正妻となった純元王后。

貞純王后による垂簾聴政の後に、自分方の実家で政権の要所を固め、国よりも一族の繁栄を優先させた純元王后が行なった、びっくり仰天な珍事とは?!

そこで今回は「純元(スヌォン)王后|勢道政治で政治を私物化した王妃」と題し、ご紹介していきます。

この記事で分かること
・純元王后のプロフィール
・純元王后の生涯ストーリー
・純元王后が登場するドラマ作品一覧

純元(スヌォン)王后のプロフィール

純元(スヌォン)王后
姓名純元(スヌォン)王后
生没年1789年6月8日〜1857年9月21日
配偶者第23代王・純祖(スンジョ)
孝明(ヒョミョン)
ゆき

純祖は10歳の時に王に即位して、しばらくの間は貞純王后が垂簾聴政をした話はしたわよね。約4年間、貞純王后が我が物顔で政治を支配した後も、王として脆弱な純祖を最大限に利用して、純元王后の父・金祖淳(キム・ジョスン)は、自分の一族である安東・金氏の官僚たちで政権の要所を固めたの。

ワンポイントメモ
このように、妻の実家の一族で政権の要所を固め、政治を牛耳ることを勢道(セド)政治というよ。

ひろき

純祖は幼くして王位に就いて、ひいおばあちゃんや妻、妻の実家に振り回された王様だったんだね。

ゆき

金祖淳は一族独裁状態の政治に反対する人たちを完全に排除して、法律や制度も自分たちに都合の良いように変えていったわ。権力は一族に集中するばかりで、次第に政権は腐敗し、賄賂が横行するようになったの。

ひろき

力が付けばつくほど、口を挟む人もいなくなっただろうし、完全にやりたい放題だね。

ゆき

そんな安東・金氏にも一時的に危機はあったの。純元王后と純祖の間に生まれた孝明の妻として豊壌・趙氏(プンヤン・チョシ)の娘を迎え入れた時のことよ。この結婚に純元王后は反対したんだけど、この時ばかりは、純祖が譲らなかったそうよ。

ひろき

国に新しい風を吹かせるために、せめてもの王の意地だったのかもね。

ゆき

この結婚を契機に、豊壌・趙氏の一族が政界で次々に要職を占めるようになったんだけど、世子であった孝明が1830年に21歳で早死にしてからは、再び安東・金氏が形勢を取り戻したの。純元王后は最愛の息子の死に、手放しでは実家の復活を喜べなかったんだけどね・・・。

ひろき

そりゃ、そうだよね・・・。

ゆき

それでも、純元王后には最愛の息子の息子、つまり孫を王位に就けるという大きな仕事が残っていたの。純祖が逝去してから、純元王后の強力な後押しもあって願い通り、孝明の息子が第24代王・憲宗(ホンジョン)として即位したわ。この時、憲宗はまだ7歳で、王室の慣例によって最長老の純元王后が垂簾聴政を行ったの。

ひろき

貞純王后に続いて、もう垂簾聴政と聞いて良いイメージがなくなっちゃったよ。

ゆき

でも、そんな憲宗も父・孝明と同じく22歳の若さで亡くなってしまうの。憲宗には、後を託せる息子がいなかったんだけど、この緊急事態に純元王后は一体何をしたと思う?江華島(カンファド)で農業をしていた元範(ウォンボム)という青年を連れてきて、王に指名したのよ!元範は第25代王・哲宗(チョルジョン)として即位したわ。

ひろき

島で農業をしていた青年を王に?!!なんで突然?元範って一体何者?!

ゆき

哲宗は、第21代王・英祖の4代下の王族なんだけど、祖父や兄が政争に敗れて処罰された影響で、本人も島に流されて惨めな自給自足の生活を強いられていたのよ。そんな、貧しい青年が突然王に指名されて、政治を為せる訳もなく、純元王后はまず最初に「勉強するように」と命じたそうよ。

ひろき

そりゃそうだよね。ってことはつまり、その間は純元王后がまた自分に都合の良いように政治を支配し続けたんだね。

ゆき

ええ。でも哲宗も生活が貧しかったからといって、庶民の心情を察することができたわけではなくて、むしろ、酒色に溺れた贅沢三昧の日々を過ごしたそうよ。そんな王の治世によって犠牲を払うことになるのは民衆よね。純元王后が世を去ったのは1857年なんだけど、実に13歳で王妃になって55年間も女帝のように振る舞い政権を腐敗させて行ったの。この間の政治の腐敗は甚だしくて、後の朝鮮王朝を衰退に導いたとも言われているわ。

純元(スヌォン)王后が登場するドラマ作品一覧

※純祖が登場するドラマは、①放民心書〜実学者チャン・ヤギョンの生涯〜、②太陽人イ・ジェマ〜韓国医学の父〜、③雲が描いた月明かり、の3作品ありますが、そのうち妻である純元王后が話題に出てくるのは③の雲が描いた月明かりのみ。

その中で、中殿キム氏が純元王后にあたりますが主人公で息子の孝明よりも早死にした設定となっていて登場していません。

【朝鮮王朝】知られざる陰と陽の悪女をPICK UP!!

張禧嬪(チャンヒビン)

張緑水(チャン・ノクス)

鄭蘭貞 (チョン・ナンジョン)

貞純(チョンスン)王后