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・チュモンって実在の人物なの?
・数々の伝説に興味ある!
・チュモンが愛したソソノとイェソヤについて知りたい!
なつきこんな疑問・要望に答えていくよ!
卵から生まれたという伝説の英雄にして高句麗の初代王・チュモン。
2006年にドラマ化されたことを機に日本でも大きな反響を呼んだ大ヒット作品ですが、ドラマでは描かれなかったチュモンの真の姿とは一体どのようなものだったのでしょうか。
そこで今回は、「チュモンは実在した?ソソノ・イェソヤの史実とドラマの違いを解説」と題しご紹介していきます。
チュモンは実在した?史実とドラマの違いを先に整理
チュモン(朱蒙)は、高句麗の初代王として古代の史書に名が残る人物です。ただし、生まれ方や建国までの出来事には神話的な要素が多く、ドラマ『チュモン』の人物関係も史料の記述をもとに再構成されています。
| 人物・疑問 | 史料とドラマの違い |
|---|---|
| チュモン | 朱蒙・東明聖王・鄒牟王などの名で伝わる高句麗初代王。紀元前37年から紀元前19年まで在位したとされますが、出生譚などは建国神話として読む必要があります。 |
| イェソヤ | 史料にはチュモンが扶余で迎えた「礼氏(イェ氏)」と、その子・類利(後の瑠璃王)が登場します。「イェソヤ」という名前や細かな恋愛描写はドラマ上の表現です。 |
| ソソノ | 百済建国説話の一系統に登場し、卒本でチュモンと再婚して高句麗建国を助けた人物とされます。比流と温祚の母という伝承もありますが、複数の建国説話がある点には注意が必要です。 |
| ヤン・ソルラン | ドラマを理解しやすくするために構成された人物で、確認できる古代史料には同名人物の記録がありません。 |
王の順番と建国後の流れは高句麗歴代王28人の系図、ドラマ側の人物関係は『チュモン』のキャスト・登場人物で確認できます。出演者から作品を広げるなら、ソン・イルグク、ハン・ヘジン、キム・スンスの記事も参考になります。
チュモン(朱蒙)のプロフィール
| 名前/別称 | 朱蒙(チュモン)/東明聖王(トンミョンソンワン)、東明王(トンミョンワン) |
| 生没年 | 紀元前58〜紀元前19年 |
| 在位期間 | 紀元前37〜紀元前19年 |
略年表
| 紀元前58年 | 扶余国の王子として誕生。 |
| 紀元前51年 | 7歳にして怪力を持ち、弓矢の腕前に優れ「朱蒙」と呼ばれる。 |
| 紀元前37年 | 兄たちに命を狙われ逃亡。卒本(チョルポン 遼寧省桓仁)の地に至り高句麗を建てる。王姓を高と定める。 |
| 紀元前28年 | 周囲の小国を併呑し領土を拡大する。 |
| 紀元前19年 | 亡くなる。息子の類利(瑠璃明王)が王位を継承する。 |



「朱蒙」は扶余の言葉で「弓の達人」と言う意味があったそうよ。
史実では
チュモ、チュンモ、チュンヘ、サンヘなどの名で伝わるが『三国史記』ではチュモンの名で記される。高句麗の開祖であり、百済王にも系譜をつなぐ神話上の王。
伝説によれば、天帝の子・解慕漱(へモス)と契った河の神、河伯(ハぺク)の娘・柳花(ユファ)の生んだ卵から生まれた子だとされる。
扶余(プヨ)のクムワ王に引き取られて成長したが、わずか7歳で弓矢を自作し、射れば百発百中の腕前だったことから、弓矢の達人を意味する朱蒙と呼ばれた。
しかし、クムワ王の7人の王子や臣下に妬まれ、命を狙われたため母の手助けにより国外へ逃亡。韓国時代劇で学ぶ人物大辞典
魚たちがかけてくれた橋で鴨緑江(アムノッカン)を渡り、肥沃な卒本扶余の地に至り、城を築いて周辺部族を従え、高句麗を建国したという。



卵から生まれたり、魚たちが橋をかけてくれたりしたって不思議だね。神話上の王…。でも、火の無い所に煙は立たぬって言うしね。
チュモン(朱蒙)が愛したソソノとイェソヤは実在する?



ネット検索すると「ソソノ イェソヤ 実在」って出るんだけど、結局この2人は実在するの?



もちろん、存在するわよ!私も高句麗時代に関しては正直そんなに詳しくはないけど、史実にはソソノは百済の始祖・温祚王の母・召西奴として記録され、イェソヤは高句麗2代王・琉璃明王の母・礼氏として確認されているの。だから実在することは確かね!



そうなんだね!ちなみに、子供たちの相関はどうなってるのか教えてよ!



ドラマにも登場してたけど、沸流(ピリュ)と溫祚(オンジュ)の父は優台(ウテ)といって同じ部族の男性よ!だから父親はチュモンではないわ!ウテが早くに亡くなってチュモンと一緒に育てていたからちょっとよく分からなくなるけど、言うならチュモンは育ての親ね。



ユリに関しては、イェソヤとチュモンの子供ね!一応史実とドラマは同じで、幼い頃ユリは父親の存在を知らず、のちに高句麗の王・チュモンが父親だと知ったそうよ!



なるほど!詳しくありがと!



ただ、『三国史記』によると扶余(プヨ)と卒本(チョルボン)はかなり離れていて、テソとソソノは出会う機会もなかったのでは?とされているの。ここはドラマと史実との大きな違いかもね!
イェソヤは実在した?(史料の「礼氏」)
実在した人物がもとになっています。『三国史記』高句麗本紀には、朱蒙が扶余にいたころに迎えた妻として礼氏(イェ氏)が記されています。ただし史料が伝えるのは姓だけで、「イェソヤ」という名はドラマがつけたものです。
| 史料での呼び名 | 礼氏(イェ氏) |
|---|---|
| 立場 | 朱蒙が扶余で迎えた妻。高句麗建国より前の結婚 |
| 子 | 類利(ユリ)=高句麗2代王・瑠璃明王 |
| ドラマとの違い | 名前・恋愛描写・宮中での立ち回りは脚色 |
朱蒙が扶余を脱出したあと、礼氏は単身で類利を育てました。のちに類利が父の残した証を手に朱蒙のもとを訪ね、後継者として認められます。この母子の物語は史料にも書かれており、ドラマの主要な筋とも重なります。
ソソノは実在した?(史料の「召西奴」)
こちらも史料に記録がある人物です。『三国史記』百済本紀が伝える建国説話の一つに召西奴(ソソノ)が登場し、卒本扶余の有力者・延陀勃(ヨンタバル)の娘とされています。
| 史料での呼び名 | 召西奴(ソソノ) |
|---|---|
| 立場 | はじめ優台(ウテ)の妻。死別後、卒本で朱蒙と再婚し高句麗建国を助けた |
| 子 | 沸流(ピリュ)と温祚(オンジョ)。父は優台で、朱蒙は育ての親にあたる |
| その後 | 類利が後継者になると二子を連れて南下。温祚が百済を建国したと伝わる |
つまりソソノは、高句麗の建国を支えたのちに百済の始祖の母となった人物として書かれています。二つの国の成り立ちをつなぐ位置にいるため、韓国の古代史では特に注目されます。ただし百済の建国説話は複数の系統が併存しており、ソソノが登場しない伝承もある点は押さえておいてください。
ヤン・ソルランは実在した?
古代の史料に同じ人物の記録はありません。ドラマ『チュモン』の人間関係を分かりやすくするために構成された人物です。物語の緊張感を生む役割を担っていますが、史実を追う際には切り離して考える必要があります。
高句麗の初代王妃はどちらか
「高句麗の初代王妃」を探すと、礼氏とソソノのどちらを指すのかで迷います。整理するとこうなります。
- 礼氏(イェソヤ):高句麗が建国される前、扶余時代の妻。2代王・瑠璃明王の母
- 召西奴(ソソノ):卒本で迎えた妻で、建国を支えた。ただし子の沸流・温祚は朱蒙の実子ではない
建国後の王妃という意味ではソソノ、王統を継いだ子の母という意味では礼氏にあたります。王位はソソノの子ではなく、礼氏の子である類利へ渡りました。この継承が、ソソノが南へ去る理由として語られています。王の並びは高句麗歴代王28人の系図で確認できます。
チュモン(朱蒙)が登場する主な作品
| 作品名(ドラマ) | 役者名 |
| 朱蒙<チュモン>(06) | ソン・イルグク |
| 百済の王 クンチョゴワン(10) | イ・ドクファ |



『朱蒙』では、漢に逆らう革命家の父と河伯族の娘の間に生まれ、父の親友だったクムワ王に引き取られる設定になっているわ。



ちなみにチュモンの出生に関しては、天光受胎という興味深い神話が残っているのよ。



どんな内容の神話なの?



チュモンの母・ユファが南を流れる優渤水でクムワ王と出会って「遊び先で、ヘモスに誘われてついて行ったところ中々帰してくれなくて、両親一族の怒りをかって仕方なくここに住んでいます」と話したの。



それを怪しく思ったクムワ王が捕らえて部屋に閉じ込めたところ、日光がユファを照らして身篭らせ、やがて大きな卵を産んだの。王自らが割ろうとしても割れず、ユファに返して温め続けさせたところ卵が割れて、男の子が生まれたんだって。それがチュモンと言われているわ。



なんだって?!!日光が身篭らせた?!実に不思議な話だ!でもこればかりは、ドラマ通りヘモスとの間の子っぽいけどな…。



私もそうじゃないかとは思うんだけどね〜。あと、ドラマでは兄の数も7人から2人に減らされているわ!何より、幼少期から文武両道で怪力の持ち主だったはずが、ドラマでは臆病な軟弱少年として描かれているの(笑)



そこはやっぱりドラマだね。ストーリーとして主人公がレベルアップする過程が欲しいもんね。



ええ。狙い通り、少しずつ男らしく成長していく姿が支持を集めてドラマは大ヒット!日本でも繰り返し再放送されてファンも多いわよね!
朱蒙が登場・関連する韓国時代劇
朱蒙はドラマ『チュモン』の中心人物で、高句麗建国の流れを理解する入口になります。ソソノ、イェソヤ、高句麗王統の関連記事とあわせて読むと、三国時代ドラマのつながりも追いやすくなります。










