ユンウォニョン(尹元衡)文定王后の実弟として出世街道を歩んだ男の最後

この記事では、文定王后の実の弟、ユンウォニョン(尹元衡)についてまとめています。

・ユンウォニョンって誰?
・ドラマで見たことがあるけど史実ではどうだったの?
・どんな最後を迎えたの?

ゆき

こんな疑問に答えていくよ!

文定王后の弟として朝廷の権力者に浮上し、姉や妻と結託して権力を乱用したユンウォニョン。

そんな出世街道まっしぐらだった彼に訪れた最後とは?

そこで今回は、「ユンウォニョン(尹元衡)文定王后の実弟として出世街道を歩んだ男の最後」と題しご紹介していきます。

ユンウォニョン(尹元衡)のプロフィール

引用:『オクニョ』DVD公式サイト チョン・ジュノが演じたユンウォニョン
名前尹元衡(ユン・ウォニョン)
生没年生年不詳〜1565年
職業文臣
文定王后
配偶者鄭蘭貞

略年表

生年不詳尹之任(ユン・ジイム)の五男として生まれる。
1517年姉が文定王后に即位し、外戚として浮上する。
1545年12代王・仁宗が急死し、13代王・明宗が即位する。乙巳士禍(ウルササファ)を起こして大尹を粛清する。
1546年兄・尹元老(ユン・ウォルロ)と権力を争い勝利、配流して処刑する。
1565年文定王后が死去し、官職を剥奪される。黄海道江陰で自害する。

史実では

実家は有名人士を輩出した名門で、父親の尹之任は娘が王妃になっても謙虚で温和で賢明な人物だったという。


尹元衡はそんな父親の名声を台なしにし、姉を後ろ盾に権力を乱用し、強欲な妻と一緒になって朝鮮を不正・腐敗の温床にした。


仁宗派(大尹 テユン)と明宗派(小尹 ソユン)で熾烈な王位継承争いが起こり、仁宗の死で明宗が即位すると、小尹の領袖だった尹元衡は2度の粛清(乙巳士禍、良才駅壁書事件)を通じて大尹を一掃


こうして朝廷を掌握した尹元衡の権勢は王をもしのぐほどで、都には何軒もの邸宅を構え、地方には広大な土地を所有。家には地方から送られてくる贈り物(賄賂)の荷車が列をなしたという。


しかし、文定王后の死と同時に彼の時代も終わり、都を追放されて惨めな死を迎える

引用:韓国時代劇で学ぶ人物大辞典

豆知識①乙巳士禍(ウルササファ)とは
朝鮮四大士禍の一つ。姉である文定王后が王妃になれば、その恩恵をあずかることができると考えた尹元衡らが、姉の旦那である明宗を王位につけようと企てたの。敵対する仁宗派の者たちが謀反を画策しているとでっちあげて窮地に追い込んで、その一派や一部の王族を処刑して粛清したんだって。

ゆき

ちなみに四大士禍の残りの3つは10代王・燕山君時代に2つ、11代王・中宗時代に1つ行われているわ。

豆知識②良才駅壁書事件(ヤンジェヨクビョクソサゴン)とは
当時、馬を交換するために設置されていた駅の壁に文定王后や明宗派を批判する落書きをして、乙巳士禍で処刑できなかった残党勢力を排除した事件よ。この事件で、実は中宗が最も気に入っていた側室との息子である鳳城君(ポンソングン)も犠牲になったんだけど、彼が「謀反に関係している」と偽の証言をした人物こそが尹元衡の妻で悪女として名高い鄭蘭貞だったと言われているわ。

ドラマでは

ゆき

『女人天下』の尹元衡は演じた俳優の年齢上、文定王后の兄として登場しているわ。権力を振りかざしながらも愛嬌いっぱいで、どこか憎めない尹元衡として描かれているの。

ひろき

お兄さんとして登場するんだ!キャスティング側は史実を曲げてでも、その俳優さんが良かったんだね。

ゆき

本当ね。『オクニョ』では、ちゃんと弟として登場しているわよ。ここでも姉の恩恵を受けていばり散らしている尹元衡が登場するんだけど、妻・鄭蘭貞の尻に敷かれているの。

ひろき

クスッと笑っちゃうね。単純で憎めない男なんだろうね。

ユンウォニョン(尹元衡)の登場する主な作品

2021年5月現在の情報です。

2001年放送 女人天下(役者名:イ・ドクファ)

引用:Kntv

両班の娘という生い立ちにもかかわらず、妾の子として蔑まれながら育ったナンジョン。地獄のような日々から抜け出すため芸妓になることを決意する。その頃、朝廷は激動の権力闘争が繰り広げられ、王室でも側室と王妃の間で世継ぎ問題が大きく揺れ動いていた。

引用:Amazon

2016年放送 オクニョ 運命の女(役者名:チョン・ジュノ)

引用:Amazon

16世紀半ばの朝鮮王朝時代。刺客に襲われた妊婦が監獄に逃げ込み、そこで女児を出産後、命を落としてしまう。オクニョと名付けられた少女は、囚人たちから教わった知識や言葉を身に着けていく。やがて彼女は母に関する真実を知りたいと思うようになり…。

引用:U−NEXT

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