朝鮮王朝17代王は孝宗(ヒョジョン)|人質・北伐・登場ドラマ

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朝鮮王朝17代王は孝宗(ヒョジョン/イ・ホ)です。父・仁祖が清に敗れた後、兄の昭顕世子とともに清で人質生活を送り、1649年に即位すると清への雪辱を目指す北伐政策を進めました。

目次

孝宗はどんな王?17代王の要点を整理

知りたいこと答え
何代目の王?朝鮮王朝17代王です。
本名は?李淏(イ・ホ)です。
前の王は?父の16代王・仁祖です。
なぜ王になった?兄・昭顕世子の死後、その子ではなく孝宗が世子に選ばれたためです。
次の王は?孝宗の息子である18代王・顕宗です。
何をした王?軍備を整えて北伐を準備しましたが、清への遠征は実現しませんでした。

前後の流れは16代王・仁祖と18代王・顕宗を続けて読むと分かりやすくなります。孝宗は『推奴〜チュノ〜』『華政』『花たちの戦い』などに登場し、ドラマ『馬医』では治世の宮廷が描かれています。

孝宗と北伐論を理解する関連記事

孝宗は清での人質生活を経験し、即位後は清への雪辱を意識した北伐論で知られる王です。父・仁祖の時代に起きた丙子の乱、その後を継いだ顕宗の時代までつなげて読むと、孝宗の政治姿勢や朝鮮王朝中期の緊張感が見えやすくなります。

孝宗(ヒョジョン)/李淏(イ・ホ)のプロフィール

ヒョジョン
姓名李淏(イ・ホ)
生没年1619年7月3日〜1659年6月23日
親族父:第16代王・仁祖
母:仁烈王后
妻: 仁宣王后(張氏)、 安嬪李氏、他
息子:第18代王・顕宗(ヒョンジョン)、他

孝宗をわかりやすく解説

なつき

孝宗は兄である昭顕(ソヒョン)世子ら兄弟とともに清に拘留されたんだけど、西洋の文化に触れながら拘留生活を満喫した昭顕と違い、孝宗は自分を人質にしている清を恨み続けながら生活を送っていたの。

なつき

先に朝鮮に帰ったのは昭顕世子だったんだけど、清に屈辱的な敗北を認めさせられた父・第16代王の仁祖は清での生活を生き生きと話す彼に冷たくあたったそうよ。そして昭顕世子は帰国して、わずか2ヶ月で原因不明の病で亡くなってしまうの…。なんでも清が反骨心を見せる仁祖を廃位にして、昭顕世子を即位させようとしているという噂が立って毒殺されたとも言われているのよ。

はると

帰国してすぐに亡くなるなんて確かに怪しいね。

なつき

そうなの。そして世子である兄が亡くなったら、普通は兄の息子が王位継承者になるんだけど、仁祖は孫にあたるその子どもたちを済州島に流して、強引に世子の座を孝宗に変えてしまったの。

はると

自分の味方についてくれる息子をそばに置いた、っていうことだね。

なつき

そうね。実際に孝宗は父である第16代王・仁祖の王政を踏襲したとされているわ。清への復讐心から軍事力を強化したりもするんだけど、結局太刀打ちできずに国民たちは疲弊してしまったそうよ。

孝宗(ヒョジョン)/李淏(イ・ホ)の主な登場作品

作品名(ドラマ)役者名
『推奴〜チュノ〜』(10)イ・イン
『馬医』(12〜13)チェ・ドクムン
『花たちの戦い〜宮廷残酷史〜』(13)キム・ジュヨン
『華政』(15)イ・ミンホ
作品名(映画)
『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』(16)ヨン・ウジン
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