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哲宗(チョルチョン/イ・ビョン)は、1849年に即位した実在の朝鮮王朝25代王です。王族の分家に生まれ、江華島で貧しく暮らしていましたが、24代王・憲宗に跡継ぎがいなかったため王に選ばれました。
哲宗は実在した?哲仁王后・生涯・ドラマを整理
ドラマ『哲仁王后〜俺がクイーン!?〜』の哲宗には創作が含まれますが、哲宗と王妃・哲仁王后は実在人物です。史実の哲宗の時代は、純元王后と安東金氏が強い影響力を持つ勢道政治の時期でした。
| 知りたいこと | 答え |
|---|---|
| 何代目の王? | 朝鮮王朝25代王です。 |
| 本名は? | 李昪(イ・ビョン)です。 |
| 前の王は? | 子を残さず亡くなった24代王・憲宗です。 |
| 王妃は? | 安東金氏出身の哲仁王后です。 |
| 次の王は? | 26代王・高宗です。 |
| 登場作品 | 『哲仁王后』『Dr.JIN』などです。 |
即位の背景は前王・憲宗と純元王后、次の時代は26代王・高宗を読むと分かりやすくなります。王妃全体の位置づけは歴代王妃・側室一覧で確認できます。
哲宗(チョルチョン)/李昪(イ・ビョン)のプロフィール

| 姓名 | 李昪(イ・ビョン) |
| 生没年 | 1831年7月25日〜1864年1月16日 |
| 親族 | 父:全渓大院君 母:龍城府大夫人(廉氏) 妻:哲仁王后(金氏/永恩府院君 金文根の娘)、他 |
哲宗をわかりやすく解説
なつき第22代王・正祖の弟、恩彦君(ウノングン)の孫よ。第24代王・憲宗に世継ぎがいなかったから、宮廷に呼ばれて即位したんだって。



だいぶ、王から遠い家系のようだけど…。
そもそも農民から王になった、ってどういう意味?



第24代王・憲宗が亡くなったときに、王宮で絶大な権力を握っていたのが憲宗の祖母である純元(スヌォン)王后だったんだけど、彼女は真っ先に、自分と一族が政治的影響力を維持できる方法を考えたの。
その結果が、没落し農民として生活していたイ・ビョンだったのよ。彼は、字もまともに読めなかったらしいわ。



字の読めない王様…。想像もつかないね。生活が180度変わったわけだ。



そうなの。だから、純元王后が垂簾聴政を行なって自らの権力を維持したそうよ。
即位して3年後にはイ・ビョン自らで政治を行なったんだけど、外戚による勢道政治がはびこっていて存在感を出せないまま彼の時代は終わってしまったの。
哲宗(チョルチョン)/李昪(イ・ビョン)のドラマ作品
| 作品名(ドラマ) | 役者名 |
| 『Dr.JIN』 | キム・ビョンセ |
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哲宗の時代は、王本人よりも外戚や大王大妃の影響が強かった時期です。彼を王に選んだ純元王后、次の時代に国の近代化と滅亡に向き合う高宗を合わせて読むと、朝鮮王朝末期の流れがつかみやすくなります。
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