韓明澮(ハン・ミョンフェ)は何をした?世祖即位・娘・最後

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韓明澮(ハン・ミョンフェ)は、首陽大君による1453年の癸酉靖難を支え、世祖の即位後に領議政まで上った朝鮮前期の文臣です。端宗復位運動の弾圧にも関わり、娘2人は睿宗と成宗の王妃となりました。1415年に生まれ、1487年に亡くなっています。

目次

韓明澮は何をした?生涯の要点

項目史実の要点
生没年1415年から1487年です。
出身・本貫本貫は清州韓氏。字は子濬、号は狎鴎亭などです。
主君首陽大君に接近し、のちの7代王・世祖を支えました。
主な事件1453年の癸酉靖難、1456年の端宗復位運動の弾圧に関わりました。
最高官職1466年に領議政となり、1469年にも復職しました。
娘章順王后は8代王・睿宗、恭恵王后は9代王・成宗の王妃です。
最後1487年に死去。1504年の甲子士禍で剖棺斬屍となり、のちに名誉を回復しました。

王位の流れは6代王・端宗、7代王・世祖、8代王・睿宗、9代王・成宗の順に読むと整理できます。

ハンミョンフェと世祖時代を理解する関連記事

ハンミョンフェは世祖の即位に関わり、朝鮮王朝前期の権力構造を語るうえで欠かせない人物です。端宗、世祖、睿宗、成宗、仁粋大妃の記事をあわせて読むと、クーデター後の王位継承と外戚政治の流れが見えやすくなります。

ハンミョンフェ(韓明澮)のプロフィール

名前韓明澮(ハン・ミョンフェ)
生没年1415〜1487年
職業文臣
娘章順王后(8代王・睿宗妃)、恭恵王后(9代王・成宗妃)

略年表

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1415年韓起の息子として誕生する。
1452年推薦で敬徳宮直(キョンドクグンジク:敬徳宮の門番)になる。
1453年癸酉靖難(ケユジョンナン)を成功させ、靖難一等功臣となる。
1456年端宗復位計画を未然に防ぎ、都承旨(トスンジ)に昇進する。
1460年三女が海陽君(ヘヤンデグン:後の8代王・睿宗)と結婚する。
1466年領議政(ヨンイジョン)に就任する。
1467年四女が乽山君(チャルサングン:後の9代王・成宗)と結婚する。
1487年73歳で亡くなる。
参考:韓国学中央研究院「韓明澮」

豆知識①都承旨(トスンジ)とは
承政院(王命の伝達や報告等を行った官庁)の最高責任者のことよ。位では正三品相当ね。

豆知識②領議政(ヨンイジョン)とは
正一位相当で、行政のトップ!今で言う総理大臣で、領議政の下には左議政(チャイジョン)と右議政(ウイジョン)の2人がいたのよ。彼らも位は同じく正一位相当で、今の副総理に当たるわ。

韓明澮の生涯を史実で解説

科挙に失敗し、38歳で官職へ

韓明澮は朝鮮という国号の決定に関わった韓尚質の孫ですが、幼くして両親を失いました。科挙には合格できず、1452年、38歳で推薦によって敬徳宮直となります。友人の権擥を通じて首陽大君と結びついたことが、その後の転機でした。

1453年の癸酉靖難と世祖即位

1453年、首陽大君は端宗を支える金宗瑞・皇甫仁らを排除して政権を掌握しました。韓明澮はこの癸酉靖難で中心的に動き、靖難功臣一等となります。1455年に首陽大君が世祖として即位すると、韓明澮は佐翼功臣一等に加えられ、王の側近として昇進しました。

端宗復位運動の弾圧と領議政

1456年には成三問ら死六臣による端宗復位運動を挫折させ、処罰に関わりました。その後、兵曹判書、右議政、左議政を経て1466年に領議政となります。李施愛の乱では謀反の疑いで拘束されましたが、嫌疑が晴れて釈放され、1469年に再び領議政へ復職しました。

娘2人が王妃になった外戚

娘の章順王后は睿宗、恭恵王后は成宗の王妃となり、韓明澮は2人の王の義父になりました。世祖の死後は院相として幼い王を補佐し、軍事と政治に関わりました。「裏で国を操った」と単純化するより、功臣・外戚・最高官職者という複数の基盤で権力を得た人物と見る方が史実に近いです。王妃となった娘の世代は仁粋大妃の記事でも確認できます。

1487年の死と甲子士禍

晩年には明の使臣を私邸・狎鴎亭でもてなそうとした件で弾劾され、外地へ流されることもありました。1487年に73歳で死去しましたが、1504年の甲子士禍では廃妃尹氏の死に関わったとして墓を暴かれ、剖棺斬屍となります。その後に名誉を回復し、世祖の廟庭に祀られました。

ドラマの韓明澮と史実の違い

ドラマでは世祖を操る天才策士や冷酷な黒幕として強調されます。癸酉靖難と端宗復位運動への関与は史実ですが、密談の内容や人物の感情は創作を含みます。事件の流れは端宗と世祖の記事をあわせて確認してください。

参考:「韓明澮」韓国民族文化大百科事典

ハンミョンフェ(韓明澮)の豆知識

ハンミョンフェ(韓明澮)の豆知識

韓国随一の高級エリア狎鴎亭(アックジョン)は韓明澮に由来していた

高級感あふれるソウル屈指の繁華街、狎鴎亭。この地名は韓明澮が晩年、余生を過ごすために建てたあずま家「狎鴎亭」に由来しているんだって。漢江の南岸の小高い丘にあって「富や名誉を捨てて、鴎(カモメ)を友にして過ごす」と言う意味が込められているそうよ。でも、実際には、煌びやかな生活をしていて、使臣が来るたびに豪華な料理やお酒でもてなしていたんだって。

ハンミョンフェ(韓明澮)の登場する主な作品一覧

作品名役者名
韓明澮 ハンミョンフェ〜朝鮮王朝を導いた天才策士〜(94)イ・ドクファ
根の深い木-世宗大王の誓い-(11)チョ・ヒボン
インス大妃(11〜12)ソン・ビョンホ
観相師-かんそうし-(13)キム・ウィソン
なつき

『韓明澮 ハンミョンフェ〜朝鮮王朝を導いた天才策士〜』では、没落両班の家に生まれた不遇な青年時代から、首陽大君の側近となってクーデターを起こし、朝廷を牛耳るようになった姿が克明に描かれているわ。

はると

そうなんだ。史実に沿った内容になっているんだね。

なつき

ちなみに、この作品でハンミョンフェを演じたイ・ドクファは大きな耳を付けているんだけど、実際のハンミョンフェは長身で端正な顔立ちだったそうよ。

はると

きっと、朝廷を牛耳る男に見えるように“いかにも”な感じにアレンジしたんだろうね(笑)

なつき

ええ。当時42歳でスター俳優だったイ・ドクファを醜男に見えるようにスタッフが考案した秘密兵器だったみたい(笑)

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